●「刑事の勘(感)です!」から思うお仕事の数字のこと(「勘」を信じない人には「数字」は「宝の持ち腐れ」か「ゴミ」かもしれない・・・。)

昨日、刑事ドラマを見ていて思いました。

「よく数字数字、っていうけど、勘が働かない・あるいは勘を働かせようとしない人、人の気持ち(例えばお客様の気持ち)が分からない・あるいは分かろうとしない人が、いくら数字数字って言ってもまったくのムダであって、意味が無いことなのかもしれないなあ・・・」と・・・。

そのドラマでは、「刑事の勘(感)です!」と言ったその刑事は最初、「勘などといいかげんなものを私は信じない!」と言っていました。

でも次第にその信念を曲げ、「勘を」肯定し、自分の「直感」を信じ、誰が止めようとしてもやめようとせず、「なんとなくあやしいなあ? 匂うなあ???・・・」と、どんどんと事件・犯人を追っていきます。
  
  
その刑事は上司から

「根拠は何だ?」

と問われると、

「刑事の勘です!」(根拠はありません!)

と答えます。
(でも本当は経験則や何度も犯人の気持ちになって考えてきたことが根拠として「在る」んだと思います。)
  
  
ご商売も似たようなものかもしれません。

自分の「勘」を「信じて」、根拠がなくてもとにかく違和感を感じたら(もしくは感じなくても1回は)・・・、
・お客様はもしかして本当のことを教えてくれていないのでは?
・お客様の本当の気持ち…、お客様が本当にして欲しいと願っているのはこれではないのでは?別のところにあるのでは?
と、探っていく。

そういうことが必要で、で、「数字」というものは、実はそういう人にしか、または、そういう方向に行きたいと願っている人にしか、「意味のないもの」なのかもしれません。

もう少し、別の言い方をすると、そうのような人たちにしか、本来、「数字を扱う資格はない」とも言えるのかもしれません。
  
  
もともと、コンピュータの中にある「日々のデータ」というものは、「単なる」「事実の羅列」であって「その会社にとっての真実であるかどうかは分からない」です。

その「事実の羅列」の中から、「その会社にとっての真実」を探し当てるには、「データの」「量と」「質」がしっかりと一定レベル以上の水準・内容になっていないと探し当てられません。

例えば表で言えば、『最低〇〇件必要で、こういう「列」「項目」「値」も必要・・・』、ということが一定以上の状態・・・、どちらかというとハイレベルな状態になっていないといけない、ということです。(その会社にとって)

「勘」のいい人はパソコンのデータを見て「なんじゃこりゃ?なんであのデータが蓄積されてないんだ?もっとこっちのデータも取っておいておくれよ!」と一目でわかります。データを疑うこともしますし、疑うから外部にも積極的に情報を探しに行きますし、でも、必要なデータのことはちゃんと信じてもいます。

勘の働かない人は、コンピュータから出てきたデータ(単なる事実の羅列)を、「真実」と受け止めてしまい、疑いもしません。疑いもしないということは逆にとらえると「最初から信じちゃいないし何も考えていない」とも言えるかもしれません。必要なデータがあっても、目の前を素通りしてしまうだけでしょうから・・・。当然、外部に情報を探しに行くなんて思いつきもしません。(それ、僕です(^^))
  
  

根拠はないけどなんか「怪しい」

根拠はないけど「実は本音ではないのでは?」

と感じてそれが「当たる」人というのは・・・、

・勘を何度も働かせて、

・パソコンの中のデータだけじゃなく、外の情報できるだけ取ってきて、

・気候や顧客心理や周辺業況や、それらも加味して総合的に判断して

・その上で、何度も何度も当たったかハズレだったかの検証を繰り返した人なんだろうな・・

と推測します。

きっと、そういう人にしか得られない感覚なんだと思います。

そして「数字」はそのような「検証」の場に使えるものです。

なので「数字」は、そういう風に、自分の「勘」や「感覚」の精度を高めるためなら意味があるのかもしれません。

逆に、そうじゃないなら、単なる「書類を作るための数字を準備する」というだけのツールになってしまうので、数字やシステムに「お金をかけること」はまったくのムダであり、超もったいないです。

「そもそもパソコン自体要らないんじゃ?」「数字がなきゃ無駄な会議も無くなるからいい」という気にさえなってくることもあります。・

なのでそのような場合は、できるだけExcelレベルで処理してしまい、オリジナルシステムなんて作らないほうが・買わないほうが絶対にいいです。

話がすぐに逸れちゃってすみません。
  
  

「数字は嘘をつかない。勘なんてあいまいなものを俺は信じない。」

とはいうものの、「勘」が弱い人が言っても意味ないのかも・・・と・・・・、その刑事ドラマを見ていてそう思いました。
  
  
まず「数字」ありき、

ではなく、

まず「勘」ありき、

で、

その下(もと)での「数字」、

ということなのかもしれません。
  
  

なお、「勘」が「仮説」と言い換えられるケースもあるかもしれません。

勘の無い人間がどれだけ数字数字と言ったどころでムダかもしれないので、お客様とお話をしたり、商圏の様子を見に行ったり、足を使ったほうがよっぽどか時間の無駄がないかもしれません。

勘の裏付けがほしいとき、ストーリーを描く、絵図を描く、ときの参考に便利なのが、多くの切り口をで瞬時に集計切り替えができる「ピボットテーブルとMicrosoft Query」なのだと思います。

また、あまり意味の大きくない各種データ処理・文書作成のお仕事が多いときも、コスパの高い「ピボットテーブルとMicrosoft Query」は味方になってくれます。

※偉そうに言っている僕ですが、仮説と検証なんてほとどしたことありませんので、話半分かそれ以下でお読みください。